英語版「秘神界」序文

 英語版「秘神界」に寄せたロバート・プライスの序文がオンラインで読めます。朝松健先生のサイトで紹介されていたので、直リンク。
http://www.kurodahan.com/e/catalog/articles/j0010.html#RobertPrice
朝松先生の日記はこちら。(ココログなのですね)
http://uncle-dagon.cocolog-nifty.com/diary/
 
 さて、序文の感想ですが、作家解説は少なく、本書成立の遥か遠い場所から始まり、驚きます。ロバート・プライスがもっとも多くの言葉を費やしているのは、「日本人の書いたクトゥルフ神話小説アンソロジーだって?」と驚く読者に対して、現代日本のメンタリティを歴史的に分析して見せることだからです。
 HPLの持つ異民族、特にアジア系や混血への恐怖が、クトゥルフ神話の特徴の一つであるというのに、アジアからクトゥルフ神話というのはどうして?という根源的な疑問に対して、日本の西欧化、第二次大戦で核攻撃を受けた敗戦国の持つ「生き残った者の罪」という概念、さらにオウム真理教に見る「クトゥルフ」的な要素にまで言及し、「アジアであってアジアでない西欧化された日本」という特異な文化背景を説明しています。
 このあたりの概念を説明しないといけないあたりに、我々の「日本的な常識」や「ジャパネスク・サブカルチャーの特異性」と、欧米の視点の差異を感じました。
 やや既視感(デジャ・ヴュ)を覚えるのは、多分、私が「上海退魔行 〜新撰組異聞〜」や「ブルーローズ」のゲームマスターをするからでしょう。
 19世紀の魔都・上海を舞台に、吸血鬼ドラキュラと新撰組が戦うTRPG「上海退魔行」の場合、幕末史を確認する瞬間があり、これが世界史の中で語り直されると、意外に既存の幕末感とずれるのですよね。南北戦争と幕末の関係、ナポレオン3世と幕末史の関係とか。
 超古代のオーパーツを巡るトレジャーハンター物の現代アクションTRPG「ブルーローズ」の場合も同様です。プレイヤーの多くは、「スプリガン」で表現された1980年代POSTベトナム戦争史観のままですが、スプリガン的な史観さえ、現実の考古学やトンデモ・オーパーツ論からすれば、ずいぶん時代遅れです。2005年の現代はPOST911の世界なのですから。
 そして、オーパーツ古代文明の話をする場合、まず、「それは、最終氷河期の後・・・」という語り出しになります。今や、シュメール文明を語るには神殿経済というシステムを語り、エジプトのピラミッドも公共事業仮説がもっとも有力な時代です。かつての先入観を越えて、時代は進んでいるのですね。
 いや、さらに根源的な話をするならば、プライスの話は、サイバーパンクにおけるジャパネスク作品出現の驚きに似ています。サイバーパンクの根源に、アメリカにおける「テクノ・ショック」(理解できないテクノロジーの増加はDIY思想の強いアメリカ市民の限界を提示する)と「日本による経済侵略の記憶」(パナソニックソニーとニンテンドウとホンダがなくなったら、アメリカ人はどうやって暮らすのか?)があるのに、なぜか今やサイバーパンクの聖地は日本にある。秋葉原有明だ。
 ロバート・プライスの序文はそこまでは言わないものの、クトゥルフ神話という「アメリカ的な恐怖」いや「ニューイングランド的な恐怖」が、太平洋を越えて、日本から投げ返されてきたという事実を読者に解説するものである。個人的には、そこまで言わないといけないのという気分も多少ありますがね。
 個々の作家解説も楽しみです。